大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和42年(ネ)961号 判決

控訴人 川本浅子

右訴訟代理人弁護士 宮永基明

被控訴人 大塩塩業組合

右代表者代表清算人 山本芳敬

右訴訟代理人弁護士 安平和彦

橋本武

大白慎三

大白勝

平田雄一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、控訴人

原判決を取り消す。

被控訴人は控訴人に対し原判決別紙目録第一記載の土地につき神戸地方法務局阿弥陀出張所昭和三三年一月二〇日受付第一六九号所有権移転登記の抹消登記手続をなし、かつ右土地を明け渡せ。

被控訴人は控訴人に対し日本専売公社大阪地方局長が昭和三四年一月一三日付塩生第一七八号をもって被控訴人に対してしたかん水製造許可につき同局長宛取消申請手続をせよ。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決および仮執行の宣言。

二、被控訴人

主文同旨の判決。

第二、当事者双方の主張および証拠関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一、控訴人の主張

(一)  本件和解契約は塩業組合法(以下、単に「法」という。)の規定に照らし無効である。

(1) 法八条は、地区塩業組合(以下単に「組合」という)が行なうことのできる事業として、「塩、にがり又はかん水の製造、加工又は保管その他組合員の事業に関する共同施設」(一項一号)、「塩田その他の製塩施設の改良、造成、取得及び災害復旧」(同項五号)を列挙している。しかし、法の制定、組合設立の目的は「塩業者(組合員)の経済的地位の向上に資する」にあり(法一条)、すなわち、法は、組合を塩業自体の事業主体とみず、組合員たる塩業者の経済活動(塩またはかん水の製造)を直接助成するものとしているのであるから、組合員の事業である製塩またはかん水の製造を圧迫し、組合員を競業関係に立つこととなるような組合自体による塩、かん水の製造を許容し、あるいは組合自体が塩、かん水の製造を目的として塩田、製塩施設を所有することを許容するはずがない。この観点から右の法八条一項の規定をみるに、一号にいう「塩、にがり又はかん水の製造、加工又は保管」は、「組合員の事業」の例示であって、組合のなしうる事業の例示ではなく、組合は、組合員の事業たる「塩、にがり又はかん水の製造、加工又は保管」と「その他の組合員の事業」とに関する共同施設を事業目的となしうるにすぎないものであって、文理上もかく解するのが妥当であり、また、五号の定める組合の塩田取得も、塩田の改良、造成によって効率の高い塩田を組合員に取得させる等の助成目的のもとに、一時的、暫定的に組合がこれを取得することにかぎるものと解すべきである。すなわち、組合には、塩、かん水製造の権利能力はなく、これを前提とする塩田、塩・かん水製造権の取得の能力もないのであって、被控訴人の定款七条の一号および八号の定めがこれと異なる趣旨とすれば無効であり、被控訴人が自ら組合員たる塩業者と競業せんがために、本件塩田、付属施設、塩・かん水製造権を取得した行為は無効である。

(2) 法一七条は「組合員は組合の承諾なくして持分を譲渡できない」旨および「組合員でない者が持分を譲り受けるためには加入の例による」旨を定め、法一五条は、加入は定款の定めによらなければならない旨定めているところ、被控訴人の定款によれば、加入者は組合の地区内において塩、にがり又はかん水の製造を行なう事業者であること(八条)、書面による加入の申込を行なうこと(九条)、組合の承諾があり、かつ、右承諾は理事会において諾否を決し、書面により申込者に通知すること(九条)が要求されている。しかるに、被控訴人は、地区内の塩等製造の事業者でなく、右加入手続の履践もない。しかも法六三条商法と同一趣旨のもとに組合が組合員の持分を取得しまたは質権の目的とすることを禁じている。したがって、本件和解契約における出資金債権、組合員としての権利の譲渡はいずれも無効であるところ、右譲渡は、塩田、付属施設の取得、塩・かん水製造権の取得と不可分一体のものであるから、右和解契約は全体として無効である。

(二)  本件和解契約は被控訴人の定款の定めによっても無効である。

(1) 被控訴人の定款は、日本専売公社作成の模範定款例にならって作成されたもので、法八条各号の規定を受けて組合の事業を定めているところ、定款七条によれば、被控訴人は「塩及びにがりの製造、保管及び納付(同条一号)」、「塩田その他製塩施設の改良、造成、取得及び災害復旧に関する事業(同条八号)」を行なう旨規定されている。しかし、前述のとおり、法の根本的な性格からみて、組合自身は塩、かん水の製造や塩田等の取得ができないものとすれば、定款に規定しても法の許容しない行為能力を組合に付与しえないことは明らかであるから、右定款七条一号の「塩の製造」についての定めは無効であり、同条八号も塩田の取得そのものを意味するものならば、これまた無効である。

(2) ところで、法の規定と定款の右規定との表現を比較すると、(イ)法が「塩、にがり又はかん水の製造」とするのに対し、定款は「塩及びにがりの製造」として、ことさらに「かん水」を省いていること、(ロ)法八条一号の規定を受けるに際し、定款七条はこれを一、二号に分断して記載することにより、その本来的な意味をまったく変更していること、(ハ)定款は法八条五号の文言に「に関する事業」なる文字を付加していること、において相違がある。

(3) 右(イ)は、仮りに法が組合に対し「塩、にがり又はかん水の製造」を許容したと仮定しても、定款が意識的に「かん水」の製造を組合の行為能力したがって組合の目的から除外したことを意味する。すなわち、組合は、定款の定めによっても「かん水の製造」はできず、したがってかん水の製造を前提とする塩製造権、かん水製造権、塩田の取得は許容されないのである。

被控訴人は、定款にいう「塩の製造」は「かん水の製造」を含むものである旨主張するが、法に「塩、かん水」とあるのを、定款で単に「塩」と書き改めた以上(しかも、他方で「にがり」のごとき副産物さえ明記している)、ことさらに「かん水」を除外したと考えざるをえない。「かん水」を塩と同視しうるならば、塩専売法が塩の製造のほかに「かん水」の製造につき許可を必要と定める理由もなくなるのである。

このことは、塩製造技術の発展とも一致する。すなわち、かん水から塩およびその副産物としてのにがりを製造する過程は、いわゆる機械集約的、化学的方法の発展により、組合の共同施設によることが一面組合員の利益ともなるようになったのに反し、かん水の製造は、あくまで天日を利用する(たとえ流下式を採用してもその本質は変わらない)労働集約的、農業的な方法によるのであって、組合がこれを行なうときは組合と組合員との利益相反、競業的関係はとくに顕著であり、定款例がとくに「かん水の製造」を排除したことには十分の理由がある。

(4) 右の(ロ)の点については、法が塩、にがり、かん水の製造を組合員の事業の内容または例示として挙げたのに対し、定款は右のような記載により、塩、にがりの製造を組合の事業としたものであって、誤った法解釈に基づくものである。

(5) 右の(ハ)の点については、法八条五号の表現が前記(一)(1)の点でまぎらわしいので、誤解を避けるため定款がとくに「に関する事業」なる文言を付加したものであり、したがって、定款の許容するところは、「組合が塩田を取得すること」ではなく、組合員が塩田を取得することに関して「その助成的、補助的事業をなすこと」にとどまることが明らかである。

(三)  本件和解契約は要素の錯誤により無効である。

控訴人および夫の訴外川本芳郎(以下、両者を単に「控訴人ら」という)が原判決別紙目録記載の物件その他を八〇〇万円というきわめて低廉な価格で手離したのは、日本専売公社職員守田富吉から塩業整理補償金が一町歩当り約一〇〇万円下附されると聞き、和解の過程においてこれが前提となっていたからにほかならない。しかるに、塩業を廃し、塩田の所有権を失った控訴人らにはまったく右補償金の交付がなかったのである。

(四)  本件和解契約は暴利行為として無効である。

(1) 控訴人らが本件塩田を取得する際、塩田の所有および所有塩田の広大さが地区住民にとっての一つのステイタスシンボルとしての意味を有することから、被控訴組合の幹部は本件塩田を自ら取得しようとして画策し、控訴人らの塩田取得を妨害しようとした。また、製塩技術等に関し、組合幹部の指導は常に時流に後れがちで、控訴人らの新しい思想に対し絶えず反撥的な態度をとってきた。

(2) 右のような背景のもとに、控訴人らが塩田を取得するや、組合幹部は、ことごとに控訴人らに対し不平等な取扱いをしてきた。その一例として、他の組合員が被控訴人に対し抵当権の設定をまったくしていなかった当時において、被控訴人は控訴人らのみに対し根抵当権の設定を強要し、まったく必要がないのに、控訴人らの神戸銀行に対する債務の肩替りをした。控訴人らは、流下式が採用される際には控訴人らの塩田について真先きに実施するようはからうと言われ、守田富吉の口添えもあったため、やむなく根抵当権の設定をしたのであるが、右は虚言であって、流下式の補助金は控訴人らには交付されなかった。なお、製塩業者の製造した塩は、組合を通じて日本専売公社に納入され、その代金すなわち塩賠償金は組合を通じて組合員に支払われるので、組合は、組合員に製塩のための人件費、物資購入費を貸し付けても、決して回収不能とはならず、したがって、被控訴人は他の組合員からは当時まったく担保をとっていなかったのであって、控訴人らのみが組合に担保を提供する理由はまったくなかったのである。

(3) 昭和二九年九月播州地方を襲った台風のため控訴人らの塩田が甚大な被害を受けた際、被害状況を視察に来た守田富吉が煙突一本に至るまで補助する旨約したにかかわらず、控訴人らはついに災害復旧の補助金をまったく手にすることができなかったが、のちに判明したところによれば、これは、被控訴人から控訴人らの塩田は災害による被害を受けたのではなく、自然的な朽廃に至ったものである旨の報告がなされていたためであることが後日判明した。また、その際控訴人らが組合幹部から復旧のためとして貰った古板は使用に耐えないものであり、かくして復旧が遅れて、製塩に最適の季節三か月間を無為にすごし、復旧のために要した人件費とともに甚大な被害を被った。控訴人らは、国または専売公社から災害復旧費が交付されるよう被控訴人にも再三歎願したが、控訴人らの復旧費を請求するためには、復旧費以上の接待費が必要だからとうてい請求できないとの答えであった。

(4) かくして、控訴人らは先祖代々有してきた財産をつぎつぎに失い、本件塩田も組合に抵当にとられたため金融の道をまったく失った。そこで、控訴人は、組合員である芳郎の塩田から採取したかん水は組合に渡し、控訴人所有の塩田から採取したかん水は、人件費等の捻出のためやむなく天川塩業組合に売却したところ、被控訴人は控訴人の家財をことごとく仮差押し応訴の費用すら捻出しえないようにして、訴訟を提起してきた。

(5) このような状況のもとで、被控訴人は、自らの手で控訴人らを窮迫の状態に追い込み事業を破滅に陥れたうえ、本件和解を強要してきた。

当時塩田のみで二〇〇〇万円以上の価値があり、これに組合出資金、塩製造権、付属設備を加えた価額ははるかに高額となるだけでなく、昭和三四年当時ならびにそれ以前および以後において実施された塩業整備にあたり、国は常に癈業する塩業者に対し補償金を交付しているのであり、昭和三四年に本件塩田の塩業を癈止していれば四〇〇万円の整備資金が交付されたのであるから、被控訴人は僅か四〇〇万円(和解金八〇〇万円から右整備資金の額を差し引いた金額)の負担によって右価額の物件を取得したものであり、本来組合員の育成保護にあたるべき組合の行為として、暴利行為というべきは明らかである。

(6) 本件和解に際しては、控訴人は、窮迫の極み、正常な判断を失っており、これと帯同した山内弁護士も、謝礼の関係で控訴人から十分な説明を受けず事件を理解しないまま、和解を成立させてしまったのである。

(7) 本件塩田の価格につき、鑑定人辻正一の鑑定は不当である、とくに、

(イ) 不動産の正常価格の鑑定には、復成式評価法、市場資料比較法、収益還元法の三方式を併用すべきであるのに、同鑑定は、市場資料比較法のみに依拠しており、かつ、復成式評価法を排斥する合理的理由を示していない。

(ロ) 取引事例として用いた例は僅かであり、取引事例との対照に用いた時点修正変動率、品等格差による修正率等の数値は恣意的に定めたものである。

(ハ) 本件土地が標準塩田に比し九〇・〇九パーセントの収益力しかもたないものとし、土地の価値を標準地の九〇・九三パーセントとしているが、その数値の根拠は示されていない。

(ニ) 本件土地の最有効使用法を塩田としているが、本件土地は国道沿いにあり、昭和三二年当時においても個別的な宅地化ないし営業地としての熟成度は顕著なものがあった。

(ホ) 鑑定のための情報の収集ももっぱら被控訴人にのみこれを求めた偏跛なものであり、土地価格をことさら低額に押さえようとした意図が窺われる。

二、被控訴人の主張

(一)  本件和解契約は法および定款の定めに反するものではない。

(1) 組合が塩またはかん水の製造を行なうことが組合員の事業と競業関係に立つことはない。本来組合の施設は組合員のための共同施設であり、組合の事業上生ずる利益はすべて組合員に還元されるのであるから、この意味では組合のあらゆる事業は組合員の事業と競合することはありえない。のみならず、塩専売法二条、五条、一四条一項の規定するように、塩の買取、販売等の権能が国に専属し、専売公社が製造者の製造した塩のすべてをあらかじめ公告した価格によって収納し、製造者は製造した塩をすべて公社に納付すべきものとされている制度のもとにおいては、塩またはかん水の製造につきいわゆる自由競争原理は働く余地がなくしたがって組合自体が塩またはかん水を製造したとしても、組合員の製造事業を圧迫し利益相反関係を生ずることはない。

したがって、法八条一項一号は、塩またはかん水の製造等を、同条同項五号は塩田の取得をいずれも組合の事業目的となしうることを定めているものと解すべきであって、本件和解契約は、右各規定に照らし有効であり、少なくとも、同条同項一〇号に定める組合員に対する貸付業務の遂行のため必要な付帯事業の範囲内に属するものとして有効と解すべきである。組合の行為能力は、法および定款所定の事業目的により保護される組合員の利益を究極において害しない限度で広く解し、かつ、事業目的に付随する行為をも含むと解すべきであって、控訴人主張のように制限的に解する必要はない。

(2) 本件和解は、自己持分取得禁止の規定に反するものではない。この点についての示談契約書所定の「組合に対して有する出資金その他の債権、組合員としての権利一切を組合に譲渡する」との条項は、要するに、和解の結果、控訴人らが、被控訴人に対し右権利につき何らの主張、要求をしないことを意味する。そして、出資金に対する法的処理は、定款一四条に従い、組合を脱退したものとして持分金額を払い戻せば足りる。なお、和解当時、被控訴人は、芳郎に対し、帳簿上合計四一五万〇、一六四円の貸付金債権を有し、これを三二五万円に減額したため、差引九〇万〇、一六四円の欠損金を生じたが、他方芳郎は、被控訴人に対し、出資持分一九万円(一九〇口分)および預け金七万一、五二九円合計二六万一五二九円の債権を有していたので、被控訴人は、昭和三三年三月一九日付で前記欠損を右反対債権をもって一部補填し、残余の六三万八、六三五円のうち四六万七、〇八六円は譲受けた塩田設備を評価して計上し、その余の一七万一、五四九円を損失金として最終処理をしたのであって、和解の趣旨に副う処理であり、和解の無効を来たす理由はない。

(3) 法八条一項一号には「塩またはかん水の製造又は保管云々」とあり、同条は組合が行なうことのできる事業の範囲を網羅して規定したものである。これに対し、専売公社の示している塩業組合定款例には「塩及びにがりの製造、保管及び納付」と記載されているが、これは、個々の組合が行なう事業を具体的に例示したものであって、意識的に「かん水」の製造を除外する意図によるものではない。本来、わが国の塩の製造過程においては必然的にかん水の製造を伴い、また、かん水が容易に塩に転化しうるものであることから、「塩の製造」とのみ示して「かん水」の製造を包含させたものであり、製塩事業中には当然かん水製造事業が包含されるものと一般に理解されているのである。このような塩とかん水との関係は、塩専売法において、専売品である塩の管理の便宜上から、「塩又はかん水」と定めて、専売品でないかん水のみを製造する者についても許可を要することとしている事情からも理解される。

したがって、かん水の製造は、それ自体が定款上明示されていないとしても、塩の製造事業のうちに包含されて、当然組合の目的たる事業の範囲内にあり、仮りにそうでないとしても、塩製造事業に付帯しあるいは密接する事業であって、定款に列記された各号の事業に対する「付帯する事業」として組合の権利能力の範囲に属するものと解すべきである。

(二)  本件和解契約が暴利行為であるという主張は争う。

(1) 芳郎は、被控訴人が昭和三〇年九月提起した貸金請求の訴に対し、橘一三弁護士に訴訟代理を委任して応訴し、さらに控訴人らが原告となり、被控訴人に対し、根抵当権設定登記抹消等請求の訴および損害賠償請求の訴を相次いで提起し、執ように事件の有利な展開を図ったのであり、その間被控訴人が控訴人らを威圧するようなことはなく、むしろ被控訴人の方が貸付金の回収の延引することと右両訴訟の処理に困惑していた。そして、本件和解は、橘弁護士が受任していた当時および山内公明弁護士が控訴人らから受任した後を通じ、一年余の間に、十数回交渉を重ねたうえ成立したものであって、その間控訴人らは、専門家にも十分相談しその助言と指導を得る機会があり、熟慮を重ねたうえ意思を決定したものと認められる。

(2) 本件の塩田については、被控訴人としては当初からこれを取得することを希望せず、むしろ控訴人らにおいて他へできるだけ高価に売却しその代金をもって貸付金の弁済に充当してくれることを期待していた。しかし、控訴人らが法外な高値を固持するため売却の交渉は進捗せず、当初八〇〇万円で買い受ける希望者もあったが、控訴人らが一〇〇〇万円を主張したため不調となった。その後、昭和三二年九月頃、控訴人が被控訴人の山本組合長に八〇〇万円で買い取るよう懇請し、被控訴人としては、時価より高く感じられたので申出をいったん拒絶したが、山内弁護士の再三にわたる懇請により同年一二月に至りやむなく右金額で買い取ることを承諾したのである。

(3) したがって、右買取価格が控訴人らの窮迫に乗じて定められた不当な廉価であるというような事情はまったくなく、また、控訴人らが正常な判断力を失っていたものともとうてい解されない。

(4) 被控訴人の融資関係についての控訴人の非難はまったくあたらない。

(イ) 被控訴人の融資方法はすべて総会において決定されたものであり、当時芳郎は組合員の一人として右総会に出席し、これを議決したものであって、融資方法、物資の供給条件その他組合の事業運営について、他の組合員と同様、異論がなかったのである。

(ロ) 台風後の災害復旧補助金については、専売公社の係員がその交付申請について調査査定し、台風による罹災でなく、自然的腐朽であったにかかわらず災害復旧として申請したとの理由で申請を却下したものであって、被控訴人に責任はない。

(ハ) 控訴人らは、当初資金を神戸銀行大塩支店から借り入れていたが、金利の安い被控訴人に借替を懇望したので、被控訴人は、昭和二八年六月、当時の債務八六万円余について借替を承認して貸付を開始し、その後貸付高は漸次増加し、昭和三〇年九月当時には元金だけで三七八万円余に達した。しかるに控訴人らは、とかく小言が多く、担保提供についてもその手続を延引して誠意を示さないのみか、ことごとに被控訴人の態度を非難し、遂にはその製造したかん水を他の塩業組合に売り渡す等の挙に出たため、被控訴人は、控訴人らに債務弁済の誠意がないものと認め、同年九月貸付を停止するとともに、その回収のため貸金請求の訴を提起したのである。したがって、このような事態に至ったのは、まったく控訴人ら夫妻の偏見と不誠意によるものであって、これを被控訴人の責に転嫁すべきものではない。

三、証拠関係≪省略≫

理由

第一、争いのない事実

被控訴人が塩業組合法に基づく地区塩業組合であること、控訴人およびその夫で被控訴人の組合員である訴外川本芳郎が、それぞれ原判決別紙目録第一および第二の土地(塩田)を所有して、塩業を営んでいたこと、被控訴人と控訴人らとの間に控訴人主張のような貸金請求事件ほか二件の訴訟が係属していたところ、昭和三二年一二月二二日、右当事者間において、控訴人らは前記各土地および付属施設一切ならびに塩、かん水の製造権、被控訴人に対する出資金その他の債権、組合員としての権利一切を代金八〇〇万円で被控訴人に譲渡し、被控訴人の芳郎に対する債権の額を三二五万円としてこれを右八〇〇万円から相殺することなどの約定を内容とする本件和解契約が締結され、右各訴訟が取り下げられたこと、右契約の履行として、前記第一の土地につき、控訴人から被控訴人に昭和三三年一月二〇日付所有権移転登記および引渡がなされ、また控訴人の有していたかん水製造権についての引継許可申請に基づき、昭和三四年一月一三日付で日本専売公社大阪地方局長から被控訴人にかん水製造許可がなされたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

第二、法または定款違反を理由とする本件和解契約の無効の主張について。

一、(一) 一般に、法人の行為能力が法人の目的によって制限され、法人の行為がその目的の範囲外のものであるために無効とされる場合があることは、否定しがたいところである。

組合が行なうことのできる事業は、法八条一項各号に列挙されているのであるが、同条同項一号の規定は、組合が自ら塩またはかん水の製造を行なうことを許容した趣旨か、それとも塩またはかん水の製造等を組合員の事業の例示として掲げ、このような組合員の事業に関する共同施設のみを組合の行なう事業として定めた趣旨であるかが、その文言上必ずしも明白とはいえず、この点の解釈について、真正に成立したものと推定すべき乙第七号証記載の日本専売公社の見解と、成立に争いのない甲第一一号証の一、二記載の村橋時郎教授の鑑定意見との両様の見解が示されている。したがって、この点は、制度の趣旨、目的、組合の基本的性格をも考慮して決すべきである。

(二)(1) 組合が構成員の相互扶助を目的とする団体であるいわゆる協同組合の一つに属し、したがって、組合の使命が何よりもまず組合員各自の経済的地位の向上に奉仕することにあって、その意味においていわゆる直接助成をその本質とするものであることは、もちろんである。組合の行為について、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の適用がないとされる(法五条)のも、組合が同法二四条所定の要件を具備していること、とくに、小規模の事業者の相互扶助を目的とするものであることが、予定されているためにほかならないというべきである。

(2) この見地からは、他の法律、たとえば、中小企業等協同組合法(以下、中協法という)、農業協同組合法、水産業協同組合法、消費生活協同組合法等に基づく各種協同組合が組合員に対する直接助成を目的とするため、その行為能力が右の目的から一定限度に制限され、この点に関する法令の規定は相当厳格に解されていることにも留意しなければならない。

(3) 法八条一項一号の規定の体裁は、事業協同組合等の行なう事業を定めた中協法九条の二第一項と類似し、そして、同法上、右事業協同組合は、企業組合が自ら商業、工業等を行なうものとされる(同法九条の一〇)のとは、明らかに区別されている。組合は、法制定以前においては、中協法による事業協同組合とみるべきものであったと解される(法附則二項、前掲村橋鑑定参照)。この点からすれば、現行法上、組合は、自ら生産事業の主体となることを予定されていないと理解されるもののごとくである。

(三)(1) しかし、このような製塩業者の団体を中協法の適用を受ける一般の事業協同組合たるにとどめず、別個の法による規制の対象とした所以をも考察しなければならない。前掲乙第七号証にいうとおり、法の立法の趣旨は、専売制度下にあって特殊な経営形態をとる塩業について、その経営を合理化して近代的企業たらしめ、塩の生産を維持増進することにあって、法一条がその目的として掲げるところもこの趣旨を表現するものであり、そして、右のような塩業の合理化の過程において、組合自身が企業体的性格を多少なりとも帯びることは、法制定当時において予定されたところというべく、法の具体的な規定のうえでは、組合員一人あたりの出資額の最高限度(法一〇条三項)、議決権、選挙権の数(法一一条一項)、持分払戻の制限(法二〇条四項)、塩業組合連合会の会員資格(法六条二項)などについて、中協法の規定と異なる定めがなされている点に、右の趣旨が現われているものと解される。

(2) 法八条一項五号が「塩田その他の製造施設の改良、造成、取得」を組合の事業目的の一つに掲げていることも、組合が自ら塩田その他の製造施設を所有し、したがって製塩を行なう場合があることを予定しているものと解することが可能である。この点について、村橋鑑定は、右規定にいう「塩田の取得」をもって、組合員の塩田取得に対する斡旋その他の助成を行なうことを意味するにすぎないというが、文言上、そのように制限的に解することは困難である。

(3) およそ、人的結合たる団体が一定の目的のため法人格を付与され、独立の法主体として存在する場合には、その社会的経済的な活動の範囲をできるだけ広く認めることが、その社会的作用を完うさせる所以であるから、法人の本質的な目的を害することのないかぎり、その行為能力の範囲をも適当に広く解することが合理的であり、したがって、法人がなしうるその目的の範囲内の行為とは、法律および定款に記載された個々の行為にかぎらず、その目的を達成するのに相当と認められるすべての行為を包含するものと解すべく、かつ、このような行為にあたるか否かは、抽象的客観的に行為の種類によって決すべきである。

このような観点においては、一般に、組合が塩もしくはかん水の製造権または塩田その他の製塩施設の所有権を取得することが、前記のような組合の目的の達成に不相当なものというべきではない。実質的にみても、たとえば、塩業を廃止しようとする組合員の塩田を潰癈させることなく、組合においてその権利を譲り受けて事業を継続することが適当な場合もあり、また、個々に零細な経営を行なう組合員に対して組合が物的施設や資金を提供するにとどまらず、組合員の共同事業的意味において組合自身が経営主体となることも、組合員の事業の合理化の一過程となり、究極において総組合員の経済的地位の向上に資する場合があることも想定されるのであって、このようなことを許容しても、直接助成という協同組合の本質をただちに害するものということはできない。

(4) この点につき、控訴人は、組合が組合員と競業する事態は許されない旨を主張するが、本件の事実関係において、被控訴人が組合員と競業する目的をもって本件塩田等を取得したものとは認められないばかりでなく、被控訴人主張のとおりの塩の専売制度のもとにおいては、通常の自由競争は存在しえず、組合が自ら塩またはかん水の製造を行なうことが、ただちに組合員各自の事業と競業関係に立つものとは認めがたい。もっとも、組合の大規模な生産活動が塩の生産過剰を来たし、ひいては日本専売公社による塩の収納価格に影響を及ぼすこともありえないではなく、また、組合が一部組合員の意思のみにより独自の立場で営利の追求に走って他の組合員に対する奉仕を等閑に付するような事態も生じえないとは断定できないが、そのような間接的または例外的な影響の危惧に基づいて、組合の活動を制限することは相当でない。もとより、具体的に組合の活動が理事者の専断に任された結果組合員の利益が害されるような場合には、何よりもまず組合員の自治による組合内部からの是正がはかられるべきであり、また場合によっては、行政官庁の監督権の発動もありうるのであるし、他方において、一般に行為能力の制限が取引の安全を犠牲にするものであることを考慮するならば、組合の行為能力の否定には慎重でなければならないのである。

(四) 以上の考察によれば、組合が塩またはかん水の製造権ならびに塩田および付属施設の所有権を取得する行為は、法八条一項一号および五号所定の組合の行なうべき事業ないしはその事業に必要な行為にあたり、組合はこれに関する行為能力を有するものと解すべきであって、本件和解契約はこれらの権利の譲渡を目的とした点において、法に違反するものではないというべきである。

二、≪証拠省略≫によれば、被控訴人の定款の七条一号には、被控訴人の行なう事業として、「塩及びにがりの製造、保管及び納付」を定めていることが認められ、この定めが法に反するものでないことは、上述のところから明らかである。

ところで、右定款の規定は、かん水の製造について定めていない。しかし、≪証拠省略≫によれば、およそかん水は塩製造の過程の途上において生じ結局塩として製品化されるべきものであって、社会通念上塩の製造というときにはかん水の製造を含むものと理解することが可能であり、日本専売公社の作成した塩業組合定款例は、「塩及びにがりの製造」とのみ記載し、かん水の製造を掲げていないが、これも右の趣旨において塩の製造のうちにかん水の製造を包含させうる趣旨で作成されたものであって、かん水の製造を除外する趣旨ではなく、そして、被控訴人の定款の前記規定も、右定款例にならって作成されたものであることが認められる。したがって、かん水の製造は、被控訴人の定款所定の事業目的に含まれるものとみるべきである。

また、右定款七条八号が塩田の取得等「に関する事業」なる文言を付加していることも、前記のような法の趣旨と異なる定めをしたものとみるべき根拠は見出されない。

したがって、本件和解契約が定款に違反する旨の控訴人の主張も理由がない。

三、組合が組合員の持分を取得することを禁ずる法六三条の規定は、組合員の脱退の場合における持分ないし払込済出資額の払戻に関する法および定款の規定が潜脱され、組合財産が不当に減少することを防止する趣旨のものと解される。したがって、文言上組合が組合員の持分、出資金債権、その他組合員としての権利を譲り受ける旨の合意がなされた場合でも、それが、実質において組合員の脱退とそれに伴う持分の払戻を約するものであり、かつ、払戻に関する法および定款の規定に反しないと認められる場合には、そのような意思表示を有効として差し支えないものというべきである。前掲被控訴人の定款の一二条には、組合員は、書面をもって九〇日前までに組合に通知したうえで事業年度の終りにおいて脱退することができる旨、同一四条には、組合員が脱退したときはその持分の金額を払い戻すことができる旨がそれぞれ定められており、これと法二〇条の規定とを総合すれば、被控訴人は脱退組合員に対し当該事業年度の終りにおける組合財産によって定められた持分を払戻すものと解される。ところで、≪証拠省略≫によれば、本件和解契約においては、芳郎は被控訴組合から脱退し、被控訴人は、塩田および付属施設一切ならびに塩およびかん水の製造権の譲渡の対価とともに、芳郎の全出資口数一九〇口に対する出資金相当額一九万円の払戻金を含めて合計八〇〇万円の支払を約したことが認められるが、右契約成立の日の属する事業年度の終りである昭和三三年三月末日現在における組合財産の額が芳郎の出資当時のそれに比して減少していたことを疑わせる資料はなく、したがって右の形式で持分の払戻を約したことが、法または定款の規定を潜脱する目的でなされ、その他被控訴人の財産を不当に減少する結果となるものとは認められないから、右約定をもってただちに法および定款の定めに反するものと断定することはできず、本件和解契約はこの点において無効とするに足りない。

第三、要素の錯誤による和解契約の無効の主張について。

控訴人主張の塩業整理補償金というのは、塩業を癈止し、塩田を他の用途に転用する場合に交付されるものと解されるところ、≪証拠省略≫によれば、控訴人らは、塩田等の所有権とともに、塩およびかん水の製造権を被控訴人に譲渡することを約し、これに基づき日本専売公社に対して製造引継許可申請をし、被控訴人において許可を受けて塩およびかん水の製造を行なっている事実が認められるのであるから、本件和解に際し、塩業の廃止、塩田の潰癈による補償金の交付が、当事者間においてその前提として予定されていた事項であるとは考えられず、この点に関する≪証拠省略≫は信用することができない。

したがって、本件和解契約に要素の錯誤があったとする控訴人の主張は採用することができない。

第四、暴利行為の主張について。

一、本件和解契約は、控訴人らの塩業に関する権利、塩田所有権等の一切を被控訴人に譲渡するものであり、≪証拠省略≫によれば、被控訴人らは、かねて塩田経営が不振でその資金の調達に絶えず苦心し、さらに芳郎が京都市内に薬局を開設するための費用の融資を受けたことなどもあって、本件和解当時、神戸銀行に対し約六〇〇万円の債務を負担し、また、被控訴人からは三七八万円余の貸金請求訴訟を提起されて、これらの弁済の方策がなく、訴訟費用の支弁にすらこと欠くなど、困窮の状況にあったことが認められる。

二、しかし、被控訴人の理事者らがかねてから控訴人の塩業経営を妨害しあるいは本件塩田を取得しようという意図をもって、控訴人らに圧迫を加えたり不公平な取扱いをしていたという事実は、右各供述その他控訴人の全立証をもってしても、これを認めるに足りない。

(一)  被控訴人が芳郎に対する債権の担保のため本件塩田につき債権極度額三〇〇万円の根抵当権を設定させたことについては、その設定が芳郎の神戸銀行に対する債務を被控訴人において代位弁済したのを契機としてなされたものであり、被控訴人の債権額が相当高額に及ぶ見込があって、日本専売公社から被控訴人を通じて支払われる塩賠償金によって担保するに足りるものか否かが明らかでなく、当時控訴人らの塩業経営も不安定で弁済の能力に不安を覚えさせる状況にあったことが右各供述からも窺われるので、被控訴人らが芳郎に対し担保の提供を求めたからといって、ことさらに厳しい取引条件を課したものとみることはできず、同人を他の組合員と差別して不公平に取り扱ったものと認めるに足りない。

(二)  昭和二九年九月の台風による被害につき、被控訴人が日本専売公社に対して自然災害である旨の虚偽の報告をして、控訴人らに補助金が交付されるのを妨げた旨の控訴本人の供述は、これを裏付けるべき資料がなく、たやすく採用しえない。

(三)  そのほか、前記各供述中、控訴人の主張に副う部分は、誤解に基づくか、根拠のない憶測にすぎないものとみられる点が多く、採用するに足りない。

三、控訴人らが右のような困窮の結果、正常な思慮を欠く状態において本件和解契約を締結したものとみることもできない。≪証拠省略≫によれば、芳郎は、被控訴人の提起した前記貸金請求訴訟において、弁護士を訴訟代理人として、債権額の一部を否認して抗争し、さらに進んで、控訴人とともに原告となって、被控訴人に対し前記登記抹消および損害賠償請求の二件の訴訟を提起して、係争を有利に解決すべく努めていたこと、そして、これら訴訟の係属中少なくとも数か月にわたって示談交渉を重ね相互に譲歩したうえ、本件和解契約の締結に至ったもので、その間控訴人らが弁護士に相談する機会も十分にあったことが認められ、このような経過に徴すれば、控訴人らは、他に債務弁済の方策が立たず、また従来の不振から塩業経営の将来にも明るい見通しが得られないことなどを考慮し、利害得失を熟慮したうえで、本件和解契約を締結したものと認めるべきであって、≪証拠省略≫中この認定に反する部分は信用しがたい。

四、(一) 本件和解当時における本件塩田の価格は、当審鑑定人辻正一の鑑定の結果によれば、約七七〇万円であったことが認められ、これと異なり控訴人主張のように二、〇〇〇万円に達するものであったことを認めるべき証拠はない。

控訴人は、事実欄第二、一、(四)(7)記載の諸点において右鑑定の結果を非難するが、右鑑定の理由に、≪証拠省略≫を総合検討すると、同鑑定の採用した評価方法、修正率等右(7)の(イ)(ロ)(ハ)指摘の諸点は妥当なものとして首肯するに足りるし、本件和解契約当時本件土地が宅地ないし他の営業用土地(ガソリンスタンド等)に転用するのに適当な状況にあったものと認めるに足りる資料はないから、同鑑定がその有効使用法を塩田として評価したことも是認でき、なお、鑑定にあたっての情報の収集に偏跛な点があったことを疑わせるような事情は認められない。したがって、右鑑定の結果は信用に値いするものというべきである。

(二) 本件塩田とあわせて譲渡された付属施設ならびに塩およびかん水の製造権ななどの価格は明らかにされていないが、本件塩田の右価格に右付属施設等の価格若干を加えるものとし、さらに前記持分払戻相当額一九万円を加算してみても、本件和解によって譲渡された権利と代金額とに著しい懸隔があったものとはとうてい認められない。

五、したがって、本件和解契約が暴利行為として無効とされるものということはできない。

第五、結論

以上の次第で、本件和解を無効とする控訴人の主張はすべて採用することができず、したがって、右無効を前提とする控訴人の本訴請求は失当であって、これを棄却した原判決は相当であるから、民訴法三八四条、九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 沢井種雄 裁判官 大野千里 野田宏)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例